2018年4月10日火曜日

銀座のワーカー。

ノーションさんの近所、ライカストア。

明日からは展示会、1週間ちょっと銀座に通い詰める予定で、最寄り駅から+ノーションさんへの道のりを、、、と今日はノーションさんの近所の写真を撮って来ました。

有楽町駅銀座口を出て銀座方面へ、泰明小学校近くの数寄屋通りを新橋駅方面に向かって歩きながら撮ってみました。

途中でライカのお店で寄り道してしまった為に(フラっと入ってしまって展示品をいじってきただけなのですが)当初の目的を忘れ散漫な写真撮りになってしまいました。


ノーションさんまでの道順を簡単に説明すると、有楽町駅銀座口を出て数寄屋橋公園前の数寄屋通りをJR新橋駅方面に5分くらい歩いてゆくと向かって左手にノーションさんはあります。

+ノーション
〒104-0061
中央区銀座6-4-13 銀座ヤマザキビル2F
4月11日~19日まで、

どうぞよろしくお願いいたします。

東急プラザの近く。

東急プラザ。

数寄屋通り、、、

本当の呼び名は分からないのですが、

地図には数寄屋通りって書いてありました。

割烹の「三亀」さんの隣のビル2階。

ノーションさんの看板。

本日搬入してきました。

こんな感じです。


2018年4月7日土曜日

お知らせ。その2。

今回の目玉?アイテム。

 今日は4月11日~19日までの展示会用アイテムの紹介をしたいと思います。

本当は、もっとこまめにブログ更新したかったのですが、体調不良(花粉症。今年はもの凄くキツイ)の為に仕事、ブログ共に思うように出来ませんでした。

11日から展示会ということは10日には搬入しなければならないので、遅くても9日の夕方には荷造りを済ませて、クロネコヤマトに持って行かねばならず、今日を含めて残り2日くらいしか、ブログを更新する猶予が無いのです、、、、。

本当はキレイに一目で何か分かるような明快な作品説明と写真撮りがしたかったのですが、直近に制作したモノ全てが説明しにくいことと、写真撮りが難しい(意味不明感が強い)こともあってブログを更新が後手後手になって今日になってしまいました。

今回の展示会は基本的には今までの延長線上の器に一部オブジェっぽい作品が混じる、、、というのが当初の自分のイメージでした。

どうなのでしょうか、、、、自分ではそれなりに色々と制作出来た、、、と思っています。


+ノーション
〒104-0061
中央区銀座6-4-13 銀座ヤマザキビル2F
4月11日~19日まで、

どうぞよろしくお願いいたします。

一応皿状の形状をしている。

人面ボタンとドゴンっぽいスプーン。

 今回の作品は一応コンセプトというかそういった着想めいたものはあるものの、あくまで自分の中の表層的なイメージをどこまで過剰表現できるか、、、といった事を考えて制作してみたのでした。




全体的にプリミティブな感じに仕上がった、、、、と思っています。

どうでしょうか、、、、。

箱詰めしていない物を集めて撮ってみた。

2018年3月16日金曜日

展示会のお知らせ。

今回の展示会のDM写真。


今日のブログは重要な報告です、、、。

去年企画展をやらせていただいたノーションさんで4月の11日~19日まで展示会をさせていただく事になった、、、という報告です。

去年まで国立でご商売をされていたノーションさん、実は今年初めに銀座へ引っ越したそうで、SNS上の噂で引っ越した、、、ということは知ってはいたものの立地の敷居の高さ故にまさか自分には声がかからないだろう、、、と思っていました。

敷居の高いお店で展示会をしている工芸作家は皆、佇まいの良い人達、、、というのがこの業界の暗黙のルールです。
ですから、他人の悪口を言ったり、嫉みからくる怒りのようなものを振りまいたり、廃屋のような仕事場で制作してるような人間達は絶対に銀座へ足を踏み入れることはできない、、、、という事になっているのです。

なので、今回から展示会が終わるまでこのブログではそういった作家としての佇まいの良さ、、、を強くアピールしてゆく事にしたいと思います。


銀座ノーションさんにて展示会のご案内。

4月11日~19日まで。










お店正面付近。




本当は新店舗までの道順を写真に撮りたかったのですが、雨風が酷くカメラが濡れるのが嫌だった、、、、ので画像2枚で断念。

頂いた地図だと、赤丸の14がノーションさん

泰明小学校の近くだそうです。

東京都中央区銀座6-4-13ヤマザキビル2階
+ノーション
12:00~19:00(不定休)
TEL 03-3561-4930



製作中のスプーン。

裏側。

室の中にあった色々を並べる。

色々、裏側。




今後、佇まいの良い作家を目指します。展示会どうぞよろしくお願いいたします。

2018年2月14日水曜日

相田啓介:L型スプーン

私が漆塗りのスプーンを作り始めたのは昭和55年と記憶しています。
大阪のMさんからの注文がきっかけでした。当時、会津に鈴木さんという細工物の木地屋さんがおられ、以前私の父が戦後にアメリカへの輸出用のサラダサーバーなどを作っていただいた縁でスプーンの木地を引き受けてくださいました。

当時は漆器が売れていた時代で、スプーンのような小品は手間のかかる割には儲からない仕事で嫌がる製造者も多く、またアイテムとして認知されていなかった事もあって、誰も漆塗りのスプーンは作っていませんでした。
下地法や上塗り等どんな手法で施せば良いのか、全くの手探りでした。
鈴木さんの木地は綺麗な仕上がりで木地代金も安かったので私も出来るだけ安く良いものを作ろうと必死でした。試作を繰り返し何とか世に出すことができました。そして、そこそこの評判を得ることができました。

初期のスプーンのデザインは木地屋さんと何度も相談して出来上がったもので、私自身は今一つ納得ができなかったのですが、一旦世に出してしまうと形を変える訳にも行かず、また木地屋さんにも難しい事を言いにくく、同じような形で通していました。
そうしている内に自分で納得できるものが作りたくなって来たのです。
以前見たことのある朝鮮時代の金属の匙が気になって仕方ありませんでした。また、その頃グラスファイバーでできたドイツ製グライダーの機能的な美しさへの憧れに近い気持ちがあって、何度か渡良瀬川の滑空場へ足を運んだものです。グライダーの胴体の造形だけでも素晴らしいと思います。
その様な思いも稔って、昭和57年頃に新しいタイプのスプーンを作り出しました。
アルファベットの筆記体のLの文字の形に何となくその造形が似ていることからL型スプーンと名付けました。今こうして眺めてみるとそれほど良い出来とも思えないのですが、当時は良かったと思っていました。

15年間漆塗りのスプーンを作り続けましたが、残念ながら木地屋さんの鈴木さんが亡くなられたので終わりになってしまいました。思えば木地屋の鈴木さんは造形センスも良く、仕事も早く丁寧でした。鈴木さんの人柄もあって続けられた仕事だったと思います。
全部で8万本くらいは作ったと思います。今考えてみると信じられないような数を作ったものです。

作り始めの頃は競争相手もいなかったのですが、次第にあちらこちらで漆塗りのスプーンを作る人も増えて、中国で作られた粗雑な大量生産品なども市場に並び、漆塗りのスプーンは漆器のごく普通のアイテムになってしまいました。
今ではL型スプーンと同じ形状のプラスチック製の朱色のスプーンを外食チェーン店でも見ることができます。






相田啓介作 L型スプーン

朝鮮時代のものと並べる。

朝鮮時代の匙は種類も豊富で尚且つ美しい。

浅川巧の「朝鮮陶磁名考」でも少し紹介されている。




2018年1月25日木曜日

相田啓介:近代漆器

仮に近代漆器という定義を想定します。
1、産地の匂いのしない、産地らしさの極めて薄い漆器。
2、制作者の独自性の強いもの。
3、手作りであること。
4、使い手の立場に立って製作されたもの。
5、長い年月を耐える堅牢性を目指したもの。
6、天然の素材又はそれ を加工したものであること。
7、美しいもの

勝手なことを並べましたが、これが近代漆器、つまりこれからの時代を漆器が生き残るための条件と私は思い込んでいます。

磯矢陽 野田行作 奥田達朗 澤口滋 この4氏がその先駆者ではないでしょうか。
試行錯誤を繰り返し、年月をかけて自分の作風を確立した人達です。そして、その作品をお金に換える為の苦労をし尽くした話も聞いています。磯矢氏は芸大の教授ですので売るための苦労はされなかったと思いますが、自分自身でその独自の木地を手作りする苦労をされていたようです。
 
北大路魯山人も独自の漆器を作りましたが、彼は漆の仕事には極めて無知であり、山中という産地の塗師屋辻石斎や漆芸家呉藤友乗氏の能力と協力によって作られたものであり、4氏とは、はっきり違うと私は考えます。時代も違います。

今の時代、先に上げた様な幾つかの条件に当てはまる、あるいは近いと思われる漆器製造者、漆芸作家は結構多いと思われます。産地の崩壊は目の前にあって、すでに現実の事なのです。産地的な仕事から離れていくのは必然の流れなのです。

そして漆の仕事が生き残るためには先に上げた様な条件
をクリアーすることが大切ではないでしょうか。その中で特に重要なポイントは5番目ですが、そのハードルは高いと思われます。使い手の立場に立つ、と巧みに言葉を弄しても、そう簡単にクリアーは出来ないのです。堅牢性を保つ為の仕事とは、まことに大変な技術と労力を必要とし根気も、また必要とされる地味な作業なのです。


輪島にkという売れっ子の漆作家がいました。彼は椀を製造の主体として活動していたようです。その椀はほとんどの場合下地が施してなく、使用すれば程なく壊れてしまう代物だった様です。ただしその椀を「つかうために」とか「使うとよい」とか「使いやすい」とか、は一言も言わなかったそうです。一種の飾り椀だったのかもしれません。それ以降kに憧れていいかげんな下地の椀を作る作家が増えたようです。
半年や一年程しか使えない椀は漆器のファンを失います。
こんなものは、これからの時代を担う漆器とは言えません。

昨年、数多くの作り手を集めた大きな漆器の展覧会が開かれたそうです。出品者の中には仕事のレベルも高くまた高い志を持った作り手も参加していたようです。この様な時代ですので玉石混淆となるのは仕方のないことですが、玉が石の引き立て役になっているようで無残な気がしました。


相田啓介作:木地呂大椀

2018年1月18日木曜日

スプーン苦

今年の年賀状。今年もよろしくお願いいたします。


今日のブログは今年の年賀状のスプーンを制作しました、、、、という報告です。

毎年年賀状は干支のモチーフで苦しんでいるのですが、今年はそういった図案で悩む時間が無かったので、安直にスプーンのエスキースを版画にしてみた、、、のでした。

毎日やっていることの延長線上なので図案は30分で出来上がり、版木の制作が2日間、摺りが1月30日と31日の大晦日の2日間、計4日と30分で出来上がった(正確には正月気分でもの凄くダラダラやっていたので1日半位の労働だと思う)のですが、賀状だけでではブログのネタにもならないので、実際にスプーンを制作してみようか、、、と。




この形が1番大変だった。


しかし、30分で適当に画いたエスキースを立体に起こす作業は結構大変で、上の画像のスプーンなんか途中折れてしまったり、刃物の角度を変えてみたり(なぜ刃物の角度を変えるかという事は説明が大変なので割愛)と色々な試行錯誤がありました。


これも結構面倒くさい形だった。

1本目は割と楽しかった、、、、

裏。


鍵の図鑑を眺めてながらダラダラやっていたので版画のスプーンは何だか鍵っぽい。


鍵の図鑑。

今日のブログ何だかダラダラしてます、、、、
、と今年もよろしくお願いいたします。